正直なところ大分県の別府の紹介、にはなっていない。
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消えた記憶 九州の温泉地、別府には2回行っている。ただ「多分」という言葉をつけなければいけない。別府は誰もが知っている日本を代表する温泉地であり、血の池地獄、海地獄、坊主地獄、間歇泉などが有名だ。朝から晩まで、視覚、嗅覚、温点まで刺激し記憶に残りやすい場所である。 一度は確か中学の修学旅行で行ったがそのときの写真は実家にあり、手元にない。この写真は2回目に別府に行ったときのもので、友人と訪ねた時のものである。彼との旅は若いときにしかできないタイプの旅行で口論などもしたがとても楽しかった。阿蘇山や長崎などを友人の家に泊まったり安い旅館を探索したりして貧乏旅行で廻った。しかし何故か彼と別府に行ったことを覚えていない。この写真を見つけて随分驚いた。 |
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空白の時間 この時は一緒にバンドをやっていた友人と二人で私の車で九州を回った。北九州から大分、宮崎を回り、熊本から霧島、長崎に渡り福岡を経由して広島に帰った。宮崎、熊本そして特に長崎ははっきりと記憶にある。宮崎の南国情緒あふれる海岸、その海岸沿いの見たこともない焼酎を販売している酒屋、幻想的であった高千穂の雲海、阿蘇山とそのカルデラ等は楽しい思い出である。熊本では驚くほど一直線の道が記憶に強い。あまりにも長いので途中から友人と何故か笑いが止まらなくなった覚えがある。長崎の素晴らしさは別のページで説明しており、レポートが書けるだけの十分な記憶が残っていた。長崎から福岡に向かう道が混雑しておりうんざりしたことまでよく覚えている。しかし何故か大分の記憶だけが全く欠けている。経路として通った事はルートを考えれば確かである。しかし別府に立ち寄ったことを全く覚えていない。 |
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きっかけ 記憶がないことはどうにもならない。思い出そうと努力したが全く思い出せない。ではなぜ、記憶にない別府を紹介するのかと思われる方が多いだろう。実はこの別府の写真は私がホームページを作るきっかけになったからである。人の記憶とはうつろい易い物だが、その中でも私の記憶は格別なようだ。記憶力が無いことは自慢の域に達している。息子にまで遺伝しており、少々申し訳ない気持ちもある。そんな私の消えかけた記憶をいつも写真が呼び起こしてくれる。いつもは15年前の旅でも写真を見ればかなり鮮明にその時の状況や思い出が帰ってくる。しかしこの別府の記憶だけは写真を見てもまったく帰ってこない。実は写真に友人が写っていたのでこの時行ったのだということがわかったのである。こんなこともあるのだと正直驚いた。 |
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お詫び 写真だけでは残らなくなってきた旅行の記録を残す手だてとして私はホームページを作ることにした。写真に加えて文章が残ればたとえ忘れても再記憶することができる。日記などに書くと色あせるし、見つけることは難しいし、捨てることが好きな私はすぐに捨ててしまうだろう。ホームページなら紛失したり色あせる可能性も低い。簡単に、そしてどこでも見ることができる。このホームページは皆さんに旅先を紹介するといいながら、実は覚えているうちに記憶を文書化しておこうという利己的な理由から作成を開始した。 旅行記かと思ってこの文章を読んでくださっている方には申し訳が立たない。利己的な文章ではあるがわずかな期待としては、このページを見てくれた方が、私の稚拙な文章といいかげんな写真でその場所に興味を抱いてくれたり、旅行の参考にしてくれたりしていただければ幸いである。共感してもらおうなんて大胆な思いはない。またこのページを見てくださった方が同じようなホームページを作ろうと思い立ってくれれば、これほどうれしことはない。 別府についてまったく記載がないことには再度お詫びをしておく。別府は旅行先としては素晴らしい場所であるに間違いはないし、私が紹介するまでもない。特に温泉が好きならば日本でもっとも特殊な温泉と言える別府に是非足を運んでもらいたい。と、ガイドブックの序文程度のことを書いておいた。2001年2月13日記 |