南半球のパラダイスは名前負けしていない
念願のオーストラリアに『ついに』足を踏みいれることができた。何度も崩れていったチャンスから感じる「オーストラリアには行けない」というジンクスに負けず、たどり着いた所は予想をはるかに超えたパラダイス。





経緯
旅行先選択の理由はいつも明確ではない。司馬先生の「街道を行く」を読んでいると、師は膨大な知識を背景に目的を持って旅立たれていた。いつも見習いたいと思うのであるが、人間が短絡的なためか噂に流されて旅先を決めることが多い。
オーストラリアに興味を持ったのはいつの頃だろう。世界一周と同様、南半球への曖昧な願望は旅行好き全員が持つではないか。日本から行きやすい南半球の場所といえばオーストラリアだろう。南アメリカ、アフリカ、南極などは旅行金額、移動時間とも私の許容範囲にない。地理的な距離以上にオセアニアにあってオーストラリア完全な英語圏である。
オーストラリアに行きたいと思い始めたのは26歳で英会話を初めてからであろう。仲良くなる先生にオーストラリア人が多く、オーストラリアのいろんな魅力を語ってくれた。特にクイーンズランドの先生が多かった事も今回の行き先選択に影響した事は間違いない。
このように書くと目的を持って場所を選んでいるように見える。本当のところはどうだったろうか。たまたま見た旅行会社のパンフレットを見るとオーストラリアがハワイより安い。料金が安い期間に夏休みがとれそうだ。他の理由は後付で結局は値段で決めている。シドニーも同料金であったが冬場なのですこしでもあたたかそうなゴールドコーストを選んだ。
それではなぜオーストラリア・ツアーのパンフレットを手に取ったのだろうか。オーストラリアは過去に何度か出張のチャンスがあったが逸し、運が無かった。ここで行かなければもう一生縁が無いと、あたかも最後の機会、祈るような気持ちで選択した。




ツアー
海外旅行でツアーを使ったことがない。新婚旅行でさえ、航空券だけをもって旅だった。私は旅行の最中、常に外を見ていたい。例えば道端の小さな花でさえ私にとっては発見だ。ツアーでは性格的にガイドの親切な(私にとっては迷惑な)説明を無視できず、外を見ることができない。すっかり旅行慣れしているし、大体の事は自分で対応できるためガイドは邪魔にしかならない。
今回ツアーを選択した理由は明確で、コストメリットである。ホテルのアップグレード,テーマパークの入場券が付いていて一人10万円を切る価格設定。フリーの時間も多く、ガイドはほとんどつかない。空港−ホテル間の移動が早朝になる今回は移動手段が確定している事も助かる。自分でも計画してみたがとてもこの金額には抑えられない。家族が3人になった今(幼児でも料金はほぼ同等のため)料金が下がるのであれば、少々のことは妥協せざるを得なかった。
ツアーの申し込みは旅行の半月前だった。これだけぎりぎりに申し込むとツアー会社もたいへんだったらしい。それでも東急観光は快く対応してくれた。私が嫌いな某大手旅行会社では横柄で絶対にこんな対応はしないくせにチケット発行忘れとか、何かミスをしてくれる。東急観光の対応はちょっと遅れ気味のところがあるものの、ミスが少ない上に親切で、満点に近い。
今回のツアーは全般として90点くらいの点数がつけられる。ガイドに頼むより自分で対応した方が早いところはあった。ガイドがわざわざ通訳してくれるのである。英語の会話がわかっているのに、再度日本語で通訳され「はじめて聞いた」という顔をするのがつらかった。しかしツアーガイドやドライバーはとてもフレンドリーかつ誠意的で、余分な説明や、無理にお土産店に連れていかれることもなく(行ったがすぐに帰った)思ったよりはずっとよかった。わがままではあるが、ガイドがオーストラリア人だとよかったが、それは多くの日本人ツアー客に嫌われることだろう。
旅立ち
オーストラリアへの旅立ちは夜である。目的地ブリスベーンまでは8時間程度だ。夜中とはいえ蒸し暑い大阪を出て、真冬のオーストラリアに向かう。私のバックパックは家族3人分の上着で膨れあがっている。飛行機はアンセットとANAのコード・シェア便、実際はアンセットである。オーストラリア・ベース、つまり冬設定の飛行機であるからか機内は寒い。食事はいわゆる西洋風の、日本人にとっては少し味と香りのきつい物が運ばれてくる。早速息子はパンしか食べなくなる。この飛行機から私たちの海外旅行は始まったと言ってよい。到着まで時間が短く結局3時間ほど寝たら朝食が運ばれてきた。ちなみに関空の出国手続きが随分緩和されたので、飛行機に乗るまでは依然とくらべものにならないほど早く簡単であった。






ブリスベーン
ブリスベーンへの到着は早朝である。冬ということでまだ朝日が登っていない。荷物を取ると、子供のお菓子が入国審査にひっかかる。持っていたのはグミと飴程度だった。なぜこんなに厳しいのか、理由は帰国してからわかることになる。この事は後で触れたい。 こんなに朝が早いのにガイドはふだを上げて待っていてくれた。彼女は20歳位だろうか。オーストラリアに来て約1年くらい、大阪出身だそうだ。ドライバーは気のよさそうな50歳くらいの男性であった。ツアー客は私たちの家族だけらしい。いよいよ恐縮する。
空港を一歩外に出ると極端な寒さに驚く。予想より寒い。5℃程度だろうか。しかし昼は随分暑くなるらしい。事実そのとおりで服装の選択が難しかった。車に乗って暖房に当たり、ほっと一息つく。
今回はゴールド・コーストだけのツアーであり、ブリスベーンは通過するだけである。ただマウント・クーサーと呼ばれるブリスベーンが一望できる高台によってくれた。早朝のためまだ誰も居ないし、店も開いていない。ただ大きな鳥が足もとを通りすぎていく。このような大きな鳥はどこにでもいたので、オーストラリア人にとってはスズメみたいな存在かもしれない。息子は早速喜び「ハト」と言いながら(彼が知っている一番大きい鳥がハトだからだろう)追いかけていたが、実際はトキに近いのではないか(私も息子と同程度ということだ)。
ここからの景観は朝焼けに栄え美しい。石狩川のように蛇行する川はこの地域に高低差がほとんど無いことをあらわしている。実際近くで見れば川の流は湖のようにおだやかで、川面は銀盤のように反射し、対岸の景色が逆さに写し出されている。広大な土地の中にあるブリスベーンの市街地は小さく見える。住宅は森の中に埋もれている。私が理想とする住環境が目の前に広がっている。定年になったら本気でオーストラリアに住もうかと今から考えてしまう。
実際は景観の美しさよりも、違うことで感動していた。まずまったく同じであるにもかかわらず、日本で見るときとはまったく様相が違う太陽。少なくとも冬の太陽ではない。私は朝焼けというと薄暗い中におぼろげながら浮かぶオレンジ色のかすれた太陽をイメージする。しかしここの朝焼けはオレンジ色であるものの日差しが真昼のように強い。長い影ができている。理由は山が低いこと、湿度が低いこと、オゾン層が薄いこと、そしてなにより粉塵公害が少ないことだろう。つまり太陽光を遮る物が地上近辺にないということだ。日本の朝焼けは静けさをイメージするが、オーストラリアのサンライズはもっとポジティブな力強さを感じさせる。その他にもたくさんの小さな驚きがあったが、いいかげんくどくいので、この辺りで止める。


ゴールド・コーストへの道のり
車で息子はすっかり寝てしまう。高速道路を約1時間走り、住宅街を約30分走るとゴールドコーストが見えてくる。豪華なホテルや別荘,美しい川,インディ・カー(カート)レースのスタート地点を見ながらホテルに到着する。朝が早いため2時間程度自由な時間があったが息子はまだ起きない。しかたが無いので、家内と交互にホテルを回ってみることにする。ホテルの中には土産屋が多くある。ANAの豪華なホテルの中なので、値段の高い店が多いかと思うとそうではない。コアラのぬいぐるみは100円くらいからあるし、結構質の良い帽子でも700円程度である。
実は冬場ということで帽子を持ってこなかったが、車の中で少しずつあがっていく太陽を見上げ、帽子が無いと大変なことになると気が付いた。まぶしくて目が開けられない。せっかくの景色を楽しむため、サングラスはかけたくない。そこで帽子を買うことにした。値段を心配したが500円から700円くらいなので、お土産になりそうなものを選んだ。この帽子は質が良く現在も利用している。ホテルを一歩出るとショッピング街である。ショッピング街には後で向かうとして、家内と交代する。




サーファーズ・パラダイス
宿泊した場所はゴールド・コーストの中でもサーファーズ・パラダイスと呼ばれる、日本人にしてみれば大阪のピチピチ・ビーチ(地名ではないが)並に変わった名称である。当然ビーチは何かがすごいのだろうと予想していた。ただナイアガラのときは巨大な滝をイメージし過ぎて、行ってみてがっかりした事を覚えている。ここでも同じではないかと予想した。
息子が起きた。朝8時で観光に行くには早すぎる。せっかくだから歩いて2分の有名な海岸に向かうことにした。
ビーチに到着してわかった。私が見てきたビーチ、それが例え沖縄のビーチであっても砂浜であった。ゴールド・コーストのビーチは私が想像できる範囲を遥かに超えていた。日本では絶対にあり得ない光景である。ビーチは右も左も地平線近くまで続いている。砂は細かくごみはまったく落ちていないので、「裸足の生活がこれほど気持ちが良いのか」と驚かされる程歩いていて気持ちがいい。波は恐ろしいほどに高く、サーフィンとはこのような場所でやるのだということがよくわかる。あまり水泳には向かない。浮き輪で少しでも沖に出れば命さえ落としかねないというほど波の勢いは激しい。それでももちろん泳いでいる人はいる。オーストラリアが水泳で強いのはあたりまえのことかもしれない。
ビーチといえば日本は松林だろうが、オーストラリアはユーカリである。正直オーストラリア中ユーカリだらけである。コアラのような偏食動物が誕生する理由がよくわかる。ユーカリの木々の向こうには白亜のビルが立ち並んでいる。ホテルや別荘ばかりでオフィス・ビルは1件しかないらしい。
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ショッピング
テーマパークから帰ってきて毎日のようにショッピングに出かけた。特に最終日は午前中ビーチで遊んだ後、ほとんどショッピングだった。ただ私は合間にカジノに出かけた。カジノについては次の項で説明する。
まずはホテルの周りのショッピング街。サーファーズ・パラダイス自体がお土産街である。オーストラリアの物価が安いため、値段はとても安く感じる。Tシャツは500円程度から1000円程度が多い。私は現地で買ったことがわかるあからさまなTシャツが好きで、パジャマとして使う。しかしここで買ったTシャツは質が良くて、帰国後結構外にも着て出ている。5枚程度は買ったろうか。
土産用のブーメランは思ったより高い。それでも2000円程度で結構良い質のものがあったので買った。今はパソコンの横に飾られ、ベトナム風の傘と「101」のポスターとオベーションのギターに囲まれている。家内は額縁入りの小さいブーメランを買ったが、こちらはリビングの良い場所に飾られている。
絵はがきやゴールドコーストの写真集やカレンダーも買った。他にも時計、家内は靴、そして息子には大量のおもちゃ。過去に例が無いほどおみやげを買った。一つには海外旅行が久しぶりだったので「はちきれた」と言えるが、値段が安かった事も原因だろう。ちなみに土産用のスーツケースを1ケース持っていったのでいくら買っても問題はなかった。
カジノ
オーストラリアにはカジノがある。家内が買い物をしている間に近くにあるコンラッド・ホテルの国営カジノに行った。カジノには慣れていない上、当然金のかけ方が下手なのでほとんどの時間をスロットで費やす。1セントから楽しめる。ただ掛け金が低料金だと増え方も少ない。買い物でほとんど金を使いきっていた関係で掛けられる金がほとんどなかった。結局8000円負けと言う日本のパチスロとほとんど変わらない結果に終わってしまった。雰囲気はカナダのナイアガラのカジノほど豪勢ではないがそれなりで、カジュアルな服で楽しめるのがよかった。もう少し資金と時間があれば楽しかっただろう。ちなみに賭事に忙しく、ここでの写真は撮っていない。




パシフィック・フェア
コンラッド・ホテルの近くにパシフィック・フェアという大ショッピング・モールがある。中には膨大な数の店があり、大丸も入っている。家内とは別行動で息子を連れてモール内を回ると、途中に子供が一人で運転するカートがあった。ここで息子に思いきりだだをこねられる。まだ一人で運転できる年ではないがあまりにうるさいので、係員に聞いてみることにした。すると身長制限だけで年齢制限はない、息子は十分に背が高いからかまわないと言う。しかしアクセルもブレーキもハンドルもあるカートである。不安ではあったがやらせてみる。値段は驚くほど安い。息子は意外にも思ったより運転できる。もちろんものすごく遅いし蛇行している。後ろからはどんどんぶつかられる。それでも息子も係員もおもいきり楽しそうに笑っている。オーストラリアはそんな国らしい。間違っていたのはどうやら私のようだ。また息子の口癖を聞かされた。「もう3歳だもん。できるもん。」
その後も園内を回る汽車に乗ったりで息子はほとんど買い物などさせてはくれないが、ジュースを買ってやると言うことで、どうにかスーパーマーケットについてきてくれた。私は旅行先でスーパーマーケットに入るのが好きである。特に海外は楽しい。不思議な食材が目白押しである。ここで見つけたのが紅茶。オーストラリア産のプレミアム紅茶だが、100パックで400円くらいである。これが予想以上においしい。とても気にいってこの文章を書きながらも飲んでいる。カップ・スープも買ったが味と匂いが強すぎて今一つだった。ベジマイトも売っていたがシンガポールで痛い目に合っているので、二度と買わない。
息子をなだめながら他にもいくつかの店を覗いたが、正直なところあまり欲しいものは見つからなかった。


食事
いつもながら旅先で息子が食べないのには思いやられる。私が子供の頃極端な偏食だったので、遺伝なのかもしれない。私の親もそうみたいなのでしかたがないことなのかもしれない。無理にでも食べさせなければいけないと、誰の許可を得たかもしれない育児専門家や理想論者は言うだろうが、本当に偏食の子供を知らない人の戯言である。無理に食べさせようとすると食べられるものも食べなくなり絶食状態になる。それでも食事をしない。1〜2日は食べないし最後には水分も取らなくなる。こうなれば虐待である。食べるものを食べさせるしか方法はない。
旅行先で困るのは食材のオプションが少ないことである。息子は肉も野菜も食べないし、魚やソーセージも匂いがきついとだめである。オーストラリアの食事は特に匂いがきつい。今回の滞在先はANAホテルで、日本人の宿泊者が多いためか朝はご飯がある。オーストラリアのご飯は日本の物とほとんど差が無い。おかげで朝食はあまり困らなかった。
次の問題は飲み物である。オーストラリアは炭酸飲料の比率が高い。息子は炭酸飲料も飲めない。幸いアップル・ジュースとミネラル・ウオータがコンビニなどに売っていたので助かった。
外食にいたってはどうにもならない。ハンバーガーのポテトやパンズ、ポップコーン、マーガリンを塗ったパン、アイスクリームなどビタミンなどどこからも入らないような食事ばかりである。アップル・ジュースのみから少しビタミンを取っていたようだ。
実のところ息子だけではない。朝食の量が多い分、ほとんど昼ご飯は食べる気にならない。ポテトなど簡単な食事ですませてしまう。夜はいくつかレストランに行ったので紹介しよう。
イタリアン・レストラン
一日目の夜はホテル近くのイタリアン・レストランに行った。料金は少し高めの設定だがボリュームがある。本場イタリア同様、多量のオリーブオイルとチーズを使っているので、これらの匂いがだめな人にはつらいかもしれない。私はカルボナーラを食べた。味は日本のものとは断然違いイタリアに近いので、濃い味が好きな私にはおいしかったが、家内はいまいちだったらしい。息子はスパゲッティに添えられていたパンを食べていた。スパゲッティもちょっとは食べた。このレストラン、夜はさすがに寒いゴールドコーストにあってオープンタイプのレストランだが、ヒーターが完備されており、屋外でも少し暑いくらいだった。暑いので地元のビールであるXXXX(フォーエックス)を飲んでみた。こくの強い、甘目のビールだったように記憶している。日本のラガータイプのビールに慣れていると少し違和感を感じるかもしれないがある意味飲み安い。
ベトナムフード
二日目の夜はサーファーズ・パラダイス中心部のベトナム・フードの店に入った。オーストラリアは移民の国だけに、多国籍のレストランがそろう。この店はシンガポールのホーカーズ(屋内屋台)のような感じで、ビュッフェ(バイキング)スタイルであり、700円程度を払えば料理は自由に選択できる。息子はお菓子のようなものしか食べていなかったが、私としてはカレー味のビーフや肉マンのような饅頭などとてもおいしかった。ただ値段が安いだけ合って、まずいものも多かった。息子があまりに食べなかったのでマクドナルドでハッピーセットを買ってやった。値段は日本と同程度だが、ハンバーグが少し小さ目でオーストラリア産であった。結局息子はハンバーガー少しとポテトしか食べず、おもちゃで遊んでいた。
アイリッシュ・パブ
3日目はホテルから近いアイリッシュ・パブで食事をした。日本でパブと言うとお酒を飲むところと言うイメージだろうが、イギリスやスコットランドでパブはレストランもやっており、料金が安く、騒いでも怒られないという便利な店である。もちろん幼児が入っても何の問題も無い。私はハンバーガーを家内はサンドイッチを、息子にはフィッシュ&チップスを頼んだ。ハンバーガーは量が多く、ジューシーで味も良かった。値段も安い。やはりイギリス系の国ではパブが一番よい。息子はまたポテトとアイスクリームしか食べなかったので、フィッシュをもらったがこちらも白身の魚で油も少なく日本人の口に合う。ロンドンの下手な店よりよっぽどおいしい。この店はオーストラリアン・ラグビーの映像を流すスポーツパブ的な雰囲気もある。そのためか息子は興奮して走りまわっており、他の客には迷惑だったかもしれない。幸い時間が早かったので客は少なく苦情をいわれることはなかった。ちなみにここには日本人はいなかった。
最後の日は次の朝が早いこともあり、ルームサービスを利用した。値段は決して高くない。またハンバーガーを食べたがここでもおいしかった。家内は和食が食べたいと言うことでフライ定食を頼んでいたが、キュウリまでフライにされていたのには驚いた。フライとか天ぷらを十分に理解していないのかもしれない。
ハードロック・カフェ
大学時代バンド、しかもハードロックを演奏していた関係で、ハードロック・カフェは懐かしさを感じる。旅行先にハードロック・カフェがあれば必ず寄るようにしている。大阪のハードロック・カフェは最近ユニバーサル・スタジオの前に移動したが、早速行ってきた位だ。大阪のことはさておき、ゴールドコーストにもハードロック・カフェがある。
ゴールド・コーストのハードロックカフェはサーファーズ・パラダイスにある。ハードロック・カフェは市街地と郊外の境目くらいにあるが、ここもある意味サーファーズ・パラダイスの端になる。ただショッピング街のエリアが狭いため、端と言うイメージはあまりない。ここは比較的大きな店で、一階が土産屋、二階がカフェ(パブ)になっている。いつものようにTシャツを買ったが、おもしろいのはマカダミアナッツまで売っていることだ。日本人専用ではないか。笑いながら早速買ってみた。ギターの形をしたただのチョコだった。土産としては地方色が無いのでよくなかったかもしれない。


ホテル
今回宿泊したANAゴールドコーストは観光には絶好のロケーションであるサーファーズ・パラダイスにあり、部屋は広くきれいで、文句のつけようが無い。窓からはビーチが見えて、眼下にはホテルのプールが広がり、夜になればゴールドコーストの夜景が広がる。右手にはネラング川がゆったりと流れ、車が信号で止まっているときなどはまさに時が止まったような雰囲気で、ビーチに打ち寄せる激しい波だけが絶え間なく動いている。理想郷、パラダイスとはこんな所なんだろうなと実感する一瞬である。
ANAのホテルだけ合って、各所で日本語が通じる。もちろん土産屋程の事はない。土産屋はほとんどの店の店員が英語も話せる日本人「だけ」である。ホテル従業員は日本人比率20%といった所だろう。残念ながら今回の旅では日本人が多すぎでオーストラリアを十分に堪能できたとは言えない。ただ接触のあったオージーは明るくて自由である。ルールは少ない代わりに、あたりまえの規範を完全に守ると言う雰囲気がある。ごみが少ない、たばこのマナーが良いと言う面には感動さえ覚える。シンガポールのような厳しい法律はないのに自分たちの国を守ろうと言う自立的な意識が強いように感じる。ナショナリティという面では現在の日本人より強いのではないか。一つは人口の少なさも国を良い状態に保つ重要な要素である。発展途上国とは思わないが、若い国なりの勢いは今の日本ではまったく感じられない。かつて高度成長の時代には日本国民もこんなバイタリティーがあったのかもしれない。


帰国
だいたい一週間近くも海外に居ると日本に帰りたくなってくるものである。それなのにここでは日本に帰りたいとまったく思わなかった。表現が正確ではない。日本に帰りたくないと思った。海外旅行中は日本の情勢が気になって日本の新聞が読みたくなったり、日本のニュースをテレビで探したりするが、今回は完全に日本のことを忘れていた。もちろん日本人が多すぎて、海外のイメージが少なかったことも間違いなく一因だ。
ただゴールド・コーストは本当に素晴らしい場所で、本気で住みたいとさえ感じた。気候、自然、物価、町並、どれをとっても理想的である。長期滞在する場合のビザの種類にまで目を向けたのは今回が始めてである。オーストラリア旅行の前に大好きな沖縄に行っていたのに、その記憶さえ吹き飛んでしまった。またいつか、どうにかしてオーストラリアに来れるよう努力したい。
帰国の日は朝3:30分の待ちあわせで空港に向かう。6:30分頃の便で一度シドニーに向かう。まったくガイドは酷な仕事だ。途中ブリスベーンを通るが、明るい太陽の下での見ることができなかったことは残念だ。シドニーで前日に濃霧が発生してフライトのダイヤが乱れており、発着が予定より遅れたが、その間またお土産を買って、残ったオーストラリア・ドルを使いきった。空港のみに3時間ほどしかいなかったシドニーのお土産まである。関西国際空港に到着したときはさすがに家族全員つかれきっていた。その上、冬のオーストラリアから7月中旬の大阪に帰ってきたのである。飛行機を出てTシャツ1枚になったが、暑さと湿度が体をたたきのめす。家に帰ってからはエアコンをつけて13時間ほど眠ってしまった。楽しい思い出と共に。




余話として
調査を行ったわけではないが、オーストラリアの生体系は特殊であることはよくわかった。なにもコアラやカンガルーを見るまでも無い。辺りに生えている植物や歩きまわる野鳥を見ればわかる。しかもコアラやユーカリを見て思うのは、ここの生物はとても弱々しい。オーストラリアがつい最近までこんな弱々しい生物まで生きていける動物たちの天国であったことがわかる。その生体系はすでに崩壊状態にある。
日本は人口が増えても生体系への影響は緩やかで比較的小さいように感じる。もちろん輸入動物による被害は沖縄や多くの日本の湖畔で深刻であるが、あまり目立っていない。一方でオーストラリアはわずかこの30年くらいの間に生体系が崩壊的な状態である。彼らが環境や動植物を守ろうと努力しているのは、決して彼らがやさしいからということもあるが、どちらかというとすでに壊滅的だからであろう。
生体系の壊滅は環境の変化につながる。いつかは人間環境に甚大な影響を及ぼす。動植物、または生物を含む加工品さえも厳重に入国管理をしているのはオーストラリアのあせりといってよいのではないか。昨今、アメリカが二酸化炭素削減に対して京都議定書を批准しないと言っている。日本も本心はそうであろう。なぜなら被害が他の国に比べ小さいからである。オランダや珊瑚礁の島はわずかな水位上昇が致命的である。またイギリスや北欧は温暖化によるメキシコ湾流の湾曲を恐れているのではないか。温暖化するのにヨーロッパは氷河期にさえなる可能性がある。それほどメキシコ湾流は特殊で危うい海流である。その点、アメリカや日本は比較的安定な気候である。もちろん台風やハリケーンの頻発や巨大化などは問題であるが、国民が全滅したり国土がなくなるなどの壊滅的な危機感は無い。京都議定書について個人的には反対ではないが、目標値の設定がいわゆる「努力目標」で科学的に実施可能と言う根拠がないため現実的とは思えず、アメリカや日本の立場に近い。京都議定書にもあせりがある。
話がそれた。オーストラリアにとって地球の温暖化は影響するだろうか。生体系が弱っているだけに避けたい事は間違い無い。しかしオーストラリアの問題はどちらかというとオゾン・ホールではないか。オーストラリアの日差しの強さは気持ちがいいものの暴力的だ。オゾン・ホールの問題は実際のところすでに対策が難しい。それなのに最近は忘れられつつあるように感じる。オーストラリアは真剣に人間を含む生体系の維持に取り組み、先頭に立って世界に協力を求めなければいけない局面にすでに立っている。(2001年8月8日記)

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