山の中、本堂までの細く急な石段の段数は、七二一段。(わたくし数え(笑))
「最近ツキが無い」と現状を打破したいと言い出した旦那に連れられ登ってきました。(^_^;)
琵琶湖の南から流れる瀬田川は、やがて宇治川と流れを変えさらに大阪湾へ淀川と名前を変えながら下っていきますが、その瀬田川が渓谷としてグンと狭まっている険しい断崖のその上に立っている凄い御寺です。
京都や滋賀南部在住の人々の間では「厄除けならここ!」というぐらい信仰を集めている厄除け
観音さまがおわせられまして、実際うちの義母も、「何か困ったことが起こるとすっ飛んでお参りして、帰ってくると不思議と良い方向に行っているので長いことずっと行っていたのよー」とかで。
本当に信望厚い観音様なんですね。私達の御参りの間も凄い石段のその道のりの激しさにも関わらずの往来人の多さにびっくりした程でした。
この観音様は、弘法大師のいわれのものだそうです。
大師が瀬田川の対岸から光り輝く霊木を発見し、道を探していると何処からか白鹿が現れ背に乗せ霊木の前に運び、鹿は霊木の前で観世音菩薩に化現されたという…。その導きに感激した大師は根のある立木のままに等身大の観音菩薩像を刻みそこに堂が建てられた…のが由来と。
それが丁度弘法大師42歳の大厄の年だった事から「厄除け」としての信仰を集めているとか。
また大師はここを「元高野」とまで呼んでいたと伝えられるそうですが、確かにこの急勾配はタダモノではないですね。何かスピリチアルな原点を感じるかもしれない。(^_^;)
御参りは、本堂の正面からと裏手からと両方から観音様を拝み(見えませんが)、さらに裏山の道を登って鐘つき堂で1人1回鐘をつき、そのあとその上の「奥の院」にお参りしてから再び本堂の脇に下りて来て下さいということで。御参りの仕方もなにやら高野山を思い出されますね。
奥の院…高野山にありますがそちらは弘法大師の霊廟ですよね。こちらにはそこに「道了権現大菩薩」を奉られた社がありました。そうです。「神社」の社です。たぶんこの山の神様を御祭してあるのではないかなあと私の推察ですが、神仏融合という要素の大きい不思議なこの御寺のミステリアスな魅力は…尽きません。
それから、幼児〜小学生児童が対象なのだそうですが、この御寺を訪れると一生に一度だけ「お手合わせ」という神事をしてくださるということで、うちの2姉妹もして頂きました。紙に、指を閉じた形で手形の輪郭をなぞり、それを観音様に拝見して頂くということで。(一度見ていただくとあとずぅっと覚えてくださっているそうですヨ)義母曰く、「御勉強がよく出来るようになる」そうで。(おお!?)
観音様に見ていただくと、「観音様がごらんになりました」の印を押してくださいまして、見ると、手形の輪郭と観音菩薩の頭部の輪郭ってなんとなく似ているんですね、びっくり感動してしまいました。
この御寺は浄土宗のお寺なんですが、観音菩薩は阿弥陀如来が慈悲として働かれる時につかさされるのだそう。(智慧として働かれる時は勢至菩薩)
というわけで、慈悲の観音様がいつの時も子供を守ってくださるということで。小さいお子さんの居られる方、ぜひ。(^_^)
他にも子安太鼓だったけかいわくありげな太鼓があったり謎は尽きず。
なお、境内には御茶を振舞ってくださる休憩所がありますが、その他俗世っぽいものは一切ありません。御食事を済ませて腹ごしらえをちゃんとしてから訪れてくださいまし。御健闘(石段への)をお祈りします。ハードですが一回参ると千日
ご利益があるとかだそうですヨ。
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