龍安寺

   龍安寺

 京都市右京区竜安寺御陵下町13
 TEL:075-463-2216

 龍安寺サイト
   http://www.ryoanji.jp/
  虎の子渡しとも言われる石庭。精神世界へトリップ。


「“虎の子渡し”って何か知ってる?」 てな話題が家で盛り上がり、そんじゃあちょっと行ってみませう禅の世界に…なーんて言いながら…が、ことの始まりだったんですが。(^_^;)

龍安寺の石庭は、柿(こけら)ぶきの油土塀に囲まれた中に、白砂に、一木一草を用いず
七、五、三、に組まれた大小一五の石を配し作られてある庭です。

一方「虎の子渡し」とは、ことわざなんですが…
…虎が三匹の子を産むとそのうちの一匹は彪(ひゅう)で、獰猛(どうもう)なため他の子を食おうとする性質。それで親子は川を渡る時、(親のいないところで彪と他の子が一緒にならないように)、親はまず彪をくわえて向こう岸に渡し、ひとりで引き返して次に一匹をくわえていって、その帰りに彪をつれて元の岸にもどり、別の一匹を渡し、最後に彪を再び渡すと(中国の説話)。
そこから「ふつうなら、三回で済むところを、親は四回川を渡らねばならない」→苦心をする→
「苦しい生計のやりくり算段をする」ことの形容とされる…と。

うんうんそうですね。日々の生活の中にはどうにも融通が利かない効率の悪い事柄が多い。
しかしそれを行うことそのものが「生活」ってカンジ? …みたいな、「割り切れないもの」が、よくあるものですよね。(涙(T_T))

でもって石庭の石の配置の話に戻るわけですが、この石々は、どの位置から眺めても同時に見ることは不可能なんですって。
「1、2個欠けても足るを知る」という禅の教え。(割り切れることは無いってことですネ)
そこから持ってきて「虎の子渡しの庭」と呼ばれるのだ…ということデシタ。

京都大学に学んだ作家の井上靖は、「…人はいつもここに来て、ただ自己の苦悩の余りにも小ささを思わされ、慰められ、暖められ、そして美しいと錯覚して帰るだけだ」と詩を詠んでいたとか…。なんとなく…わかる気もしますね。

石庭の他に「つくばい」を見ることが出来ます。このつくばい銭型に怪しく文字が配置されているんですが読み解くと「吾唯足知(ワレタダタルヲシル)」となるんだそうです。
足らないようでいて、それで足りてる。欠けてるようでいて、それで通常。…そんなトコっすかね。(龍安寺HPで画像見られますぅ)

さてこの龍安寺には石庭への入口のある庫裡(石庭はそこから廊下を通った先の方丈という建物の縁にある)までの道のりに、鏡容池という池がありまして。
出掛けた6月はもしかして御池が一番綺麗な季節? 蓮は咲き菖蒲は咲きで、まるで天界の景色を見るような。

池の真中には島があり、氏神様がお祭りされているようでした。(龍神様かな?)

ところで…肝心の「禅」なんですが…。この季節修学旅行の季節で…。
グループ行動でやってきた学生達が縁に座って「今後の行動」やら「財布
の残り」やらの算段の話し声ばかりがして…。
(そんで何故か全員コンビニの袋をぶら下げてる)(-.-;)




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