【今日のお題】
〜 表現の根源は「生きる」こと 〜
イラストレーター林静一さんのお話。


表現してほしい。
林静一さんって、ちょっと色っぽい夢二系のイラストを描いておられる方です。
この方が元はアニメ系のお仕事をされていた人だったなんて知らなかったですぅ。(笑)
先日新聞に文章を寄せておられるのを拝見して、本当にその通り!と思わず膝を打ち、大変感動してしまったのでその話を書きます。

若い人に向けて何かメッセージを…と振られて、林さんは「表現の根源とは“生きる”こと。沢山“表現”してみてください」…と言葉を送られていました。
絵、文章、演劇、歌…すべての表現は生のパワーが根源にあって、“書きたい、演じたい、歌いたい、知りたい”…そうした心が身体をつき動かし、そして数々の表現を人はしてゆく…。そしてその表現そのものが“生きる”ということだと仰られていました。

私達が、誰かの表現を目にして、それに魅了されたり感動したりするのは、上手いから…というのではなく本当は、表現している人の、生きるパワーを目のあたりにするからなのかもしれないですね。
そして生のパワーの強い人の作品が、そのパワーのほとばしりが、より多くの人々を引きつけるのかもしれない…なんて風にも思いました。

まず始めにありきは、“何かを表現しようとする意思”。それが始まりだと仰います。
理由や何や等の理屈を遥かに超えた何かが、人間を突き動かす…そうして出たものが“表現”=“生きる”。 「それ」で食べていけるとか食べられないとかは関係無くて、
「ただしたいからする」そういうもの…。
子供が絵を描く、山に登る、ピョンピョン跳ねる、それは本当にただ、「したい」という欲求だけでしている表現なのだと。「本当はしたい」のに「しない」でいる暮らしは、生きていると言い難いかもしれません。「だからどうぞ表現してくださいね」と。

青春期は、社会や組織が大きく自分の前に立ちふさがり、恐れや戸惑いからすくんでしまうこともあるもの。とくに現代では、組織が随分と複雑に入り組んで見えたりもする。
そして幸か不幸か、日本はとても豊かになり、すくんだままどこの組織に入らなくても食べていかれる…“表現しなくても居られる”ということなども出てきました。
これは今まで日本が経験したことの無い領域です。

しかし「若い人と年老いた人では、“明日への想像”が違う」と林さんは言われます。

「今日出来ないことでも明日出来る。既成概念を飛ばしてしまうことだってできる。
 何かのきっかけで生きる力を取戻すことだって、決して難しいことじゃない。」
だからどうぞ、「どんどん表現してください」と。

「自分の頃より今は、物を作ったり表現したりするのにずーっと適した
時代です。紙があれば詩が書ける。
手段は何でもいいから、とにかく表現して欲しいんです。」

どんな生き方(表現)が上質だとか、上手いとか、そういうものじゃ無いんですよね。
ただ「生きること(表現すること)」そのもの…その繰り返しが「味」や「力」を生む…。そんな感じでは。


<元ネタ:「着想の宅配便」林静一さん-を読んで>