【今日のお題】
〜 経験が獲得させる無力感 〜
心理学で「学習性無力感」…と呼ばれるところのもののお話。


無気力がつちかわれるメカニズム…。
「何をやっても自分はダメだ、失敗する、どうせ…、ああもお…消えちゃいたい、でもそれも出来ない自分って…」。
何らかの経験が積み重なってそれが無力感を獲得させる場合があるというのですね。経験を通して獲得されるような無力感を「学習性無力感」という…のだそうです。

学習性とかいうと、パブロフの犬?なぞ思い出してしまうんですが、あの食事と同じに鈴を鳴らすことを続けていたら、鈴を鳴らしただけで“食事?”とか思って食事を見た時の反応が身体に出てしまうっていうアレ。
マーティン・セリグマンというアメリカの心理学者が次のような実験をしたそうです。

「犬Aは、パネルを頭で押すと電気ショックを止めることが出来た。犬Bはどうすることもできなかった。 犬Aは自由に動くことができたのに、犬Bは縛られていたからである。しかも、犬Aがパネルを押し損なったとき、犬Bは犬Aと同じだけ電気ショックを受けた。
次に、犬Bも自由に動ける状態にした。犬Bも、ランプが点灯してから五秒以内に別の部屋に移れば、ショックを受けずにすんだ。先ほど逃げることができる条件にいた犬Aは、すぐにショックを回避した。ところが、回避不能だった犬Bはランプが点灯し、ショックがきてもじっとしていた。」

解決不可能な状況に置かれ続けると、解決可能な場合になっても、解決しようと思わなくなる。これが「学習性無力感」だということです。

--少女時代叔母の家に夏休みに遊びによく行っていたんですが、そこに柴犬が飼われてい、うちはペットを飼っていなかったのでもの珍しさも手伝って、よく散歩を引きうけていたんですがある日、なんとなく首にかけた鎖の留め金を私は出来心で外してしまったんです。…最初は気がつかなかった犬くんだったのですが、やがて自分に鎖がついていないことを認知した途端、全力で走り出してしまって…。
まさかこんな猛スピードで激走するとは思いも寄らず、万が一見失ったり(田舎で田んぼの真中ではあるのだけれど)車の通る道に飛び出して事故なんかになったらどうしようかとそれこそ顔面蒼白で大汗かいて追っかけるのですが全然追い付きません。

でもう、どうしたものか〜!!と思っていたその時、たまたま手に持っていた鎖が地面の土について引きずられ、チャリチャリ…という音を立てたんです。
その瞬間、ピタリ!!と犬が止まったんです。たまげました。ともあれ留め金をかけ直すことに成功し、彼を無事に家まで連れ帰ることが出来たのでしたが、音を聞いただけで「鎖の音→行動に制限がある→激走すると首が絞まる」みたいな経験で培われた学習が、身体を反応させたのでしょうか…。


人間の場合も、さまざまやってきたがどうも上手く改善が見られなかったという経験が長く繋がってしまったりするとだんだん気力が失われてその結果、効果があるとわかっている場合にも手を出す気をなくしてっちゃう…なんていうことになるのだそうですよ。病気、勉強、ダイエット。(^_^;) これもどうやらある種学習性無力感にあたるみたいですよん。

学習性無力感に陥りやすい考え方があるというのです。失敗すると自分のせいだと考え、成功すると運がよかったなどと考えてはいけないようです。
私達、失敗しても運のせいだと考えて、成功したら手柄だと、もちっとオダテて(笑)自分
を甘えさせてやったりで、
もしや丁度ぐらいかも。(^_^)

今の時代、なにごとに関しても「自己責任」が強調され、失敗したら自分のせいだとされ易い世なんだけれど、
デフレ時代、うまくいかないことのほうが多くて、それが当たり前で通常だったりするんですよね。

「自己責任」が強調されすぎると、学習性無力感が流行しかねない…という。
自己評価、高く持ってOK。不運のほうこそ運と捨て去ってOK。(^_^)
それでイきましょ。

<元ネタ:「デフレ時代を乗りきる希望の心理学」大阪教育大学教授白井利明-を読んで>