| 〜 トゥールマンショー 〜 |
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素顔の24時間がTV放映〜…世界中の色んな人が知らぬ間見てる(^_^;) **** 「今この瞬間、誰かが何処かでこっそり自分を見ているかも!?」 そんな意識がフト頭の中にもたげたことのある人は少なからでしょう。 現代、本当に日常何処にでもTV。映すほうも映るほうも、もう何が作り事で何が私事か垣根がどんどん曖昧に。この映画はそんな2つを多いにミックスし、TV観の色々を見せてくれるかも。 アメリカのとある島にある超巨大な…東京ドームの何個分?っていうぐらい すんげーすんげーメガドーム。そこはTVドラマの撮影スタジオで中には一つの田舎町がスッポリ。数千代のカメラと数千人のスタッフと、そして町人みんなが俳優さん。ここから全世界に向けて24時間とある人物の「人生ドラマ」が休みなく放映されております。 人生ドラマの主人公の名は「トゥールマン」。 彼は出産を望まない母親の体内に生を受け、ドラマは胎児時代からオンエアー。出産後すぐTV会社と養子縁組され、幼少期、少年期、青年期の放映を経て、「妻とローン付の家と保険会社の職」を持って生活中…でもっか毎日のドラマが展開中。ごく平凡な毎日平凡な暮らし。 主人公スターの彼だけが自分の全私生活が世界のお茶の間に流れているその事実を知らず。しかし妻も実母も隣人も親友も、彼以外の登場人物は全員「俳優」。彼の回りに出てくる商品も全て番組スポンサーのタイアップ商品。家も生活用品も衣服も食べ物も。(わざとらしいCM調の語りで役者達がさりげに宣伝してるシーンが涙ぐましくて笑える(^_^;)) けれど、知らされていないのだけれど彼の心の根底にはいつも、「この町の外はどんなだろう。行きたい」という気持ちが。でもドラマ製作者はそれを許さない。何故なら彼に行ってしまわれたらドラマはそこで最終回になってしまいますから。(^_^;) そういうわけで子供時代から彼が興味を持つ毎に、挫折に終わるようにずっとハプニングが仕組まれてき、今までは全て成功を納めてきました。(この辺り、親が独り立ちしたいと思う子供にし掛ける様々な関門…をほうふつとさせますか) しかし今回巡ってきた想いは強いようで、「旅立ちたい」という想いが募るほどに「番組セット」のアラが目に付いて見えるようになって来た様子なんですよね。(たぶん今までもチョコチョコそうした番組のアラは転がっていたんでしょうね、でも本人の意識外だったのでしょう) 彼を囲む役者達が、なだめ意思変えするように忠言を。…それは役者としての「職務」でしょうかそれとも役柄とはいえ長年彼に寄り添って生きてきた人間の「本心」なのでしょうか? 真実を知るってことは、幸せ? 不幸? **** 「真実」とは本来その本質はどういうことなのか…。人はそういった場面に時折立たされたりしますよね…。果たして…嘘は本当に許されないコトなのか…それとも…。役者が苦悩し、そして視聴者も共に考え…。また本人自身も葛藤します。自分は本当に本当のことが、聞きたいのか聞きたくないのか…。 TV画面を通してその内(ショーの構成者)と外(視聴者)とがしっかり共鳴しています。 本音と建前…。本音だけをベラベラ喋るのも違う。でも建前だけをベラベラ語るのも違う。 そしてそんな中、彼はついに旅立ちます。今まで過去のトラウマのせいで一歩も乗り出せなかった海へと単身ヨットで。番組はドーム内の気圧をいじって嵐を起こして彼の行く手を阻もうとし、視聴者は彼の全く知らないところで戦う彼の姿に釘づけで手に汗握って応援していたりし、 そして彼は嵐を乗り切り、ついにドームの端に…。 ボコッ。…とヨットの先端が空が描かれてるドームの壁に突き刺さるシーンは、解っているとはいえやっぱり笑ってしまいます。それを見て…のトゥールマンの描写が実に、深い。 そして彼は壁沿いについに「EXIT」を発見。 出口を前にして虚空のスピーカーから響く番組総責任者の声。トゥールマンについに真実が告げられる…(それはまるで神が用意した楽園 の出口にたたずむ人間…のようでもあり)。 しばしの沈黙の後、彼はニコリと笑って未来の扉の向こうに消え…TV番組「ザ・トゥールマン・ショー」はEND。茶の間で画面に食い入って見ていた視聴者は、まるで自らが一つの関門を突破したかのごとくに大喝采の嵐です。「ああ良かった!」「なんて素晴らしい」「こうでなくっちゃ!」と。そして更にその映画の外側でそれを見ている私達もそうで。(^_^;) その後の彼の姿はもう画面には映りません。 しかしその後の視聴者はこうです。 …「他に番組ないの? 番組表は何処?」 (^_^;) 終劇。 TVの中の人物と、外に居る自分。よく知りもしないそのドラマの中の人を観て「解るわ、同じよ」なんて物凄い理解者に早代わりしていたり、あるいは「解らないわ、私とは違うわ」とか思ったり。その瞳に映っているのは、いつも自分。役者の姿にオーバーラップした自分自身なんですよね。誰もが。 それは実はTVの内と外だけのことに限らず、実生活の人間関係においても全く同じで。 本当は誰〜も自分以外の人のことは「勝手に推察」してるだけで。「あの人はこうだろう」「この子はこういう子だ」。でもそれは全部ハズレで勝手な推察ですからご安心。そういうわけで、自由に自分の人生ドラマを繰り出して、悔いの無いように主役を演じきっていきましょう…てか。(^_^)/ |
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