| 〜 A.I 〜 |
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現代人が考える「現代版」の「ピノキオ」のSFファンタジー作品でした。**** 今からちょっとだけ未来の、温暖化現象であっちこっちの土地が沈んでしまってる世界。 許可された出産しか許されないそんな世界で、失われた子供をもう一度この手に取戻したい…。そんなホビー教授とプロジェクトチームの手によって「“愛”を理解することの出来る子供タイプのロボット(メカ)」が生み出されました。デビットと名づけられたこのメカの子供を愛し育んでくれる家庭は慎重に選ばれ…(そこは不治の病に置かされ冷凍治療でもう五年も眠り続ける少年を抱える一家) それは心労の妻の身を案じた夫の決断が始まりでした。 「我が子の代わりにメカの子供なんて!!」 しかし緩やかに、穏やかに、デビットは凍りついていたモニカの心を確かに癒し救ってくれたのです。気がついたとき、彼女はごく自然にデビットのママになっていました。それはある種本能的なものなのかもしれませんね。 そんなある日、本当の息子マーティンが病に打ち勝ち生還を果たし家庭に帰ってきました。 マーティンは突然のメカの弟の出現に色々頑張る。我こそはママの愛を多く得ようと。自分のお株を上げる為にデビットが嫌われるように色々と彼の立場が悪くなる行動…もしてみる。 二人の“ママの愛情取り合戦”はやがてデビットの心にこんな感情を芽生えさせる。 …「もっともっと愛されたい」「ボクが本当の人間の子供になれば、ママはもっと愛してくれる。 ピノキオのように人間に変わりたい」。「人間にうまれ変わりたい」。(夢の発生) しかし家族の人々は、彼よりもっと人間的な答えを選択してしまうのです。 …「彼がマーティンに取って代わる野望を抱き、彼を害するかもしれない」という答えを。 返品=廃棄。デビットのことを最初からメカと認識している夫にとってはそれは何の問題も無い行為。ところが“子供”と認知したモニカにとっては返品は=彼の死。とても耐えられず思わずとっさにデビッドを森に置き、「逃げなさい、仲間を探して!」と彼に「生きる」を選択させたのでした。 かくしてデビットの「生きる」の旅が始まる。***** 廃棄ロボット狩りで捕まって「メカ壊しの歓喜ショー」の舞台に立たされるデビット。(「ピノキオ」もサーカステントに居てたですよね) ここで出てくるナニー(保育)メカさんがとっても素敵でもお涙無しではなのです。プログラム上子供を見たら微笑むようインプットされてるのでしょうね。でもそれはまさに聖母の微笑み。他に登場するメカ達のどれもがまさに人間的なんです。それはもお「神は自らに似せて人間を創った」の構図なんですよね。メカを憎むのは己につばを吐いているのと同じ…それに人は気がつかないのです。 デビットははここでママの言った「仲間」を得ました。SEXお相手用メカのジゴロな「ジョー」。これがまたいい味出してるキャラなんです。なんとか2人テントを脱出し、紆余曲折人間の子供にしてくれるブルーフェアリーの手がかりを求めてマン-ハッタン(人間の島)へ。「地球温暖化で水没し、高層ビルだけが水面からニョキリと顔を出す廃墟。(そこにはこの映画が作られた当時まだ健在だった「ツインタワービル」の廃墟も…)“そこ”はデビットの…本当の故郷でした。 デビットの瞳に映ったのは製作段階の様々な自分と全く同じ顔形のメカの列でした。「自分は特別な存在だと思って今まで来たのに。ママに愛されるメカは自分だけ…その思いがここまで運んだのに。自分は沢山の子供メカの1つに過ぎなかった。代わりなんて幾らもいる…。 (なんかこお、往年のアニメ「コンバトラーV」の敵方美形キャラのガルーダを思い出しちゃいましたヨ。母と共に戦ってきたはずだったのに母にとっては単なる部下ロボットだったということを知ったガルーダちゃん(涙)) またそこでジョーとの別れ…。彼は言う…「僕は生きた。そして消える。」(八百万全てのものには命が宿っている…とは日本的な思想ですが…)そして最後まで残されたデビットの祈り。「僕を人間の子供にしてください」…。 特別な存在。***** 二千年の時が流れていたという。(すごい超越ファンタジーです(^_^;)) 地球は氷の惑星になっていて、生物はとっくに死に絶えていたその中を未確認飛行物体が(^_^;)氷付けのヘリの元へ降り立ち、中から人間が想像してきた「宇宙人」とか「火星人」とかとそっくりな者達が再びデビットを目覚めさせます。(大概の鑑賞者は彼らを宇宙人と解釈されていたようですが、私はもっと機械的なものかもしれないと思ったり。どちらかというとデビットのような機械的な…。何故なら彼らは「昔ここに住んでいた“人間”が持っていた“魂”というものに羨望を抱いていたから) デビットの記憶は…二千年前に存在していた人類の貴重な記録。 魂をもち想像性をもちしていた人間を、彼らは何度も人間を再生させようと試みていたけれど… 身体は再生出来ても魂は…まるでこの世での期限が尽きてしまったかのように折角蘇っても日没と共に魂の世界に帰っていくかのように“死”んでしまう。 二千年後に目覚めてもデビットの願いは「ママに愛されたい」なんですね。(愛を欲する魂って…きっと本当にそうなのかも…って思えますね)デビットは長い時を経てやっと再び愛深いママの元へ帰ることが叶い…。それから目を閉じ、夢の生まれる場所へと初めて…そして永遠に旅立っていったのでした…。終劇。 夢の生まれる場所…魂の帰る場所…。デビットは魂を持っていたのですよネ。 そしてたぶん、機械的にはデビットは動くかもしれないけど、魂的にはもう目覚めないのかもしれないですよね…。 それはひょっとして「人間=魂」ということで、肉体では無いということかもしれない? (シャーレの中で細胞を増やしても魂が無ければ肉塊である) そしてまた、そうは言っても人は「今」をこうして生きて居たりするのですが…。 嗚呼…。「生きる」というのは、いかに多くの愛を必要とする作業なのでしょう。 そして生きるために自分のことをどれほどに「特別な存在だ」と認識し奮い立たせることが必要なのでしょう。 …静かに、淡々と…、この映画は流れていきました。 人生もまた…淡々と。 う〜ん、深い…。深い映画でした。 |
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