〜 正 し く 悩 む 〜
-自分でできる心理療法-
頼藤和寛 新潮社 初版2000 (800円)


悩みはつきもの〜。

以前、産経新聞に週一回「人生の応援団」という人生相談のコーナーがありました。私は本当に毎週そのコーナーをとても楽しみにしていたんですが、数年前著者は他界されてしまいました。でもすごく影響を受けました。この本の内容も、その人生相談の記事を例に挙げながら、自己心理療法の手引きみたいなものを目指してあるとか。著者いわく、人間というのは悩むもので、常時悩んでいるようなところがある。だからこそ悩みにどうつきあっていくかという「上手に正しく悩む」という所を考えているのが良いよと。
そういう先生だったんですよね。「そんなことで悩まんで宜しい」という風にはしなくてね、「ハアハア、悩みますわいねぇ、」って。

「どうして人間は生きているのだろうか」について…。
人間は色々なものに「意味」やら「理屈」をくっつけたがる性質があって、忙しい日常生活を送っている時はあんまり出ないけど暇が出来てくると、なんとはなしに自分がやっていることの意味は何だろう…とかに思考が行ってしまう、そういうもののようです。
でも、みんな、リンゴも星も空気も何もかも、別に意味も無くそこに有って。そして別に、もとより「存在に意味は必要無い」。でも日常で目的→行動、目的→行動みたいなものが膨らみ過ぎてしまうと、何でもをそれで料理したい衝動に駆られがちに…。
寝そべって夜空を眺めたら、ちっぽけな地球のちっぽけな命、ただ生きている間生きるだけ…意味も理屈もありませんって気が付けますよと。

「乗るか反るか…」二者択一の悩み…。
どっちに転んでもひどい目に合いそう…。でもどっちか自分で選ばないといけない…。
なんとかどっちにも転ばないで「良いトコ取り」出来るような妙案…を見出したいものなんですが、 この場合は「どっちかをあきらめやすくすること」が鍵のようです。
どっちの犠牲を払うほうが気持ち的にラクか…を整理する。そして「どっちつかず=“ずっとこのまま悩みが続く”んだよ」を強調をし、「選ばなきゃ」の気持ちを高める? そして最も重要なのは「必ず本人が選ぶ」。それが、人生。自分の生き方を他人に決めてもらうような癖をつけちゃぁいけませんと。

色恋の悩み…。
行動生態学などからみると、著者なぞは「ハッキシ言って男なんてのは、ありゃ、ペニスの付属物に過ぎない」なんて一太刀です。(笑)…男の顔も精神も内臓も筋骨も、なにもかもがペニスに付随する余計なオマケ。それが偉そうに文化だの政治だの経済だの浮気だのを作り出している。それに比べて女は架空のものでない現物を生み出せる?(釈迦も達磨も)
さらに近年、(行動生態学)共同生活をするオスにメスは「生まれた子供を自分の子供だと信じ込ませる(メスにその心配は無い)」の戦略を持っていて…「男性はパートナーの肉体的浮気に激しく嫉妬し、女性は相手の心理的・経済的な背信に強く嫉妬する傾向」が確認されているそうです。→オスの関心はメスの子宮の中身、メスの関心はオスの脳と財布の中身?(^_^;)(オスは騙されて他人の子供を育てさせられるのを恐れ、メスはオスの協力や援助が他のメスに向くのを恐れる)
人生相談、心理治療もそうしたベーシックな知見も参考にしていかねばならぬのではと。

モノは考えよう…。
ポジティブ・リフレイミングといって、認知療法の原型で、「ものごとは受け取り方によってどうとでも意味付けられる」の練習です。要するにこれまで抱いていた「困難創出的な物語(自分や周囲に関する破壊的な見方)」を、解決促進的な物語に変化させていこうとする発想で、「お母さんは支配的だ」というストーリー(観点)を「お母さんは熱心だ」に読み替え、「ボクは頭が悪い」というナラティヴ(語り)を「ボクは早飲み込みしない」に読み替えていきます。「本当はどうか」の追究はしません。頭の体操です。 例えば…
治療中あれこれ差し出口をはさんでくるママゴン→「子供を思う深い愛情の持ち主」、だんまりのダメオヤジ→「会社で辛酸をなめてこられただけあって慎重で沈思黙考」、スネたガキ→「そうした態度を取ることで家庭の問題を一人で背負ってる」。
…頑なな停滞から、スライドしました?

プライドは高くつく…。
固執、執着、金銭問題、意地の張り合い、etc..。そういう話はこじれ易く、とくに双方がメンツやプライドにこだわると、簡単に済む話が膠着状態になり易いもの。
「こちらが面目を捨てさえすれば案外すんなりいくことも有る」ということで、「名を捨てて実を取る」…ですね。私ごとですがこの言葉が大好きです。つまり「名を捨てるほど実が取りやすくなる」=「名を捨てる」→「相手にハナを持たせる」→「そのぶんだけむこうは実のほうを譲歩してくれる」というもの。
つまり、こちらのプライドを棚上げする程、諸事、安上がりに手に入る。(^_^)V
逆にいうと「プライドというのはそれぐらい高値なのだ」…ということでしょうか。

欲求不満…。
「う〜、それが欲しい〜っ」ってやつですね。それさえ手に入れば他にもう何も入らない…というワケにもならず、次々どんどん欲求のレベルは上がりキリが無く。あるいは手に入った…と今度はそれが、失われるのでは無くなるのではと怯える日々が始まり…。
不平不満をする者は、何の罪科も無いのに悶死していく小児難病者、通学途上通り魔に腹を刺されて死んだ誠実な好青年、そういった者のことを知らない。
…ちょっとどきっとするけれど、著者はそんな風に言います。
そう、私達には既に十分与えられている。水も空気もここにある。
何に対してでもいいから感謝をしてごらん、感謝の効用は「感謝された対象」にあるのじゃなくて、実は「感謝している側の心境」にあるんですよ。「感謝すること・満足すること」は、笑うことや泣くことと並んで精神保健のコツ…と。

求不得苦…求めるものが手に入らない悩み。
東洋風の人生訓では「あきらめ」を扱うものが多いそうです。対して西洋の処世訓は「決してあきらめるな」。 初手から断念しては損失は避けられても「新しいもの」は何も入ってきませんし、更に「あの時していたら」という悔いが、逆に増える。
そんなわけで著者は「ネガティヴ・シンキング、ポジティヴ・ドゥーイング」を推奨です。
予測はシビアで悲観的なほど慎重に、実戦はダメモトを覚悟しつつやってみる。
ダメだったら苦笑い、うまくいったら儲けもの?

カタルシス…抑圧された感情や体験を洗い流し浄化する。
思いきり泣いたり怒ったり騒いだり暴れたりすることですが、これはかなりの「心の煙突掃除」になるようです。発散…でしょうか。それをして病気が治る…とは限らずともしかし「発散の無い毎日は、確実に心身に悪いです」と。
とくに「独り言で啖呵を切るのがいいですよ」と勧めています。生まれ育った土地の言葉が一番よく、「くそったれ」「アホくさ」「てやんでぇ」「ザマぁみろ」…というようなのを、どーんと口にしちゃう。(同様に嬉しさの方も良いそうで「ラッキー!」など言っちゃう)
おいおいそんな罵声を叫んでたら「日頃もひょいと態度や言葉の端々に出ない?」とか「寝言で口走らない?」という心配は無用で、理論的にもその可能性は逆に少ないそう。
かえって日頃から押し殺し続けているほうが漏れ出しやすいし、なんと言っても毎日貯め込んでいく鬱屈をその日のうちに汲み出しスッキリ…内圧高まりませ〜ん…だそうです。