〜母親を奴隷にする子どもたち〜
-シュララッフェンランド・シンドローム-
ホルガー・ヴィルヴァ 高野享子/訳 初版2000 (1500円)


ラクして実を取る為の便利な小間使いにされていませんか〜。

TV番組「TVタックル」である時、政治評論家の三宅さんが「世界で少子化が進んでいる国は、日独伊なんですよ。三国同盟の祟りかと考えてます」…なんてコメントをされ、他出演者ズッコケまくり(私も思わず(^_^;))だったんですが、著者ははドイツの教育学博士で心理療法家ということで、そういった共通項を思ってしまわなくもなかったです。

ともに親達は、今までの教育が信じられなくなり、これからの教育にとまどい、そしてその結果として“意識をかたむけて”「子供達を強制しないように、権力的に圧迫しないように」…を選択したのかもしれません。そうして主に母親達が、自分の持っている権威を手放した。するとどうなったかというと…子供に譲渡してしまった形になったんですね。

なんのことはない手放された権力はそれで空に消えるなんていうことはなかったんですね、今度は子供がそれを拾って握った。…未熟で経験のない、ものも知らない、自分と相対する者の気持ちもわからない“発達過程”の「子供」が権力を得てしまうとどういうことになるのか…それがこの本の内容です。
シュララッフェンランドとはドイツで昔語りに受け継がれてきた「怠惰の国」のことで、
働くことは悪徳、何もしなくても欲しいものは思い通り、飽食で我侭で贅沢三昧の国…。

小さい子供のころにそんな世界に住んでしまったらどうなるでしょう。後の人生の恐ろしさは語りきれません。家庭内のちっぽけな権力は実社会では通用しません。子供達は今までの暮しと実社会との間の壁に打ちのめされ、物凄く苦労をするハメになるでしょう。そして親にもその恐ろしい世界が待ちうけていて、いつまでもいつまでも…もうとっくに子育ての役を終え老後の生活に入ってもよい年代に入っても、容赦無く我が子(もうとっくに“子”という年齢は過ぎていても)に下僕のように扱われ搾り取られ続ける…。

「自分のお子さんを王様・王子様・女王様・お姫様に扱ってしまってはいませんか?」

人間はいつも「出来るだけオサボリをして楽をこいて居た〜い」生き物なのかもしれません。大人もだけじゃなく子供も。そして大人は経験で「ずっとオサボリしてたらどうなるか」を知っています。だから程々の所で踏みとどまる。でも子供は知らない。目先のことなら分るけど、ずっと先のことまで想像出来ない。だから容赦無く恐れ知らずに「自分の望みを叶える」ために「泣く(あるいは怒る、媚びる)」。
そんな表面的なその子供の態度を“、全て”と解釈して譲歩してしまうと、子供は「どうすればこの親は落とせる」という知識として身にとり込んでしまう。そのうちに「どうすれば親が自分の望み通りに動くか」ということをすっかり覚ってしまうんですね。

「怒る」「泣く」「喜ばす」…その最終目標はいつも「その行為をしたら、親を自分の意のままに動かせる。あやつれる」。親の気持ちや心などを慮って動くなどは絶対にしない。
「親」への対応は全ての「他人」への応用になりますから、友人、先生、知人、やがて出来る恋人…全ての人を自分の意のままに動かそうとするんですね。自分以外の人間は自分の為に動いて当たり前…という認識へと成長してしまう…だからどこへ行ってもやがて関係はギクシャクして破滅してしまいます。 しかも悲劇なのは「何故そんなことになるのか」自分の手元には手がかり一つつかめないことです。なにしろずっと「それで当たり前、普通、当然」で育まれて来たのですから…。その悲劇たるや…です。

子供が、そんな対人関係を「常識」にしてしまわないように…色々な人を思いやり気持ちを計りながら行動できるよう育んでいくのに気をつけなければならないことは何でしょう。
「今」見えているその子供の行為について、鵜呑みに反応しないでじっくり観察して熟考する。…自分が子供時代親に対してどういう作戦を取っていたかを思い返してみると、自分が思っているよりもずっと子供が賢くさとく頭を使っていることが思い出されますよと。

しかし、子供の行為をじっくり観察して熟考する…これは実は親自身が自分の行為をじっくり直視しているかどうかに関わっている部分が大きいようです。自分自身を見つめるのが怖いと考えている者は、同じく我が子の姿も見るに耐えられない。だから表面に表れている症状だけを見て、決めてしまうということになる。

ひとりひとり(相手も自分も)が自分の能力を十分に生きること…親が親の人生を大事にして子供の犠牲になろうと我慢したりしないこと。自分の人生を生きること(子供の人生に自分の人生を重ねてしまい、子供の反応=自分の評価と捉えないこと)。それが子供の成長にとってどんなに重要な意味があるかなんですね。
子供は「生活の中」で「本当に生きるとはどういうことか」を学びます。

ポジティブな権力を使う親は、自分の興味と要求を満足させると同時にちゃんと子供の幸福も考えている。「すべてのものが無限に子供達のものではないこと」「放棄しなければならないこと」…をポジティブな方法で教えます。
子供に対して扉を開いたり、閉じたり。閉じっぱなし、開けっぱなしでは「シュララッフェンランド」のメンタリティを獲得するような発育異常が起こります。

親が子供にこうした方向や尺度を適切に示すことをしないと、子供は「自分ですべてを決定しなければ」ならなくなります。自分勝手な権力を行使するしか子供には方法が無い。他の術を知らないのですから。 …やがて子供は社会に出、「自分が持っていると信じてきた権力は実は家族という小さな範囲内でしか通用しない現実の社会にはそぐわないものだった」と知る…。社会の前に立ち尽くす…「本当の意味での権力を何一つ持たない」丸腰の状態で。 そんな無防備な状態で社会に送り出す悲劇を避けなければ…。

フュララッフェランドの子供達は確実に現在増えつづけています。