アドラー博士の
〜キレる子どもにしない法〜
星一郎 サンマーク出版 初版2000 (1200円)


思春期は親離れ期。子供と親の関係は一旦キレて再構築されるのです。

普段大人しいと判断していた子供が突然恐ろしい振る舞いをする…これを称してキレるという言葉が使われ出し、今はもう通じる言語として人々の間で使用されています。それは実際はどんなことなのか…が、アドラー心理学の立場から探られている本です。

思春期は親離れの時期。そして親には子離れの時期。双方にとってタテの関係からヨコの関係への転換の時期なのですが、しかし母親にとって「お腹を痛めた」という感覚がずっと後まで残っているので、子供との一体感から抜け難いということがあります。
この転換がスムーズに行かないと、子供は親に対する反発というスタイルをとって「もう自分はいつまでも親のいいなりになる子どもではないんだ」「大人より強いんだ」ということをアピールしだしたりするのだそうです。「そうするしか親子関係はキレない」と思っていますから、そうやって荒々しく「タテ関係」を、ひっくり返そうとするのだそうです。

きっかけが生じると、突然キレる(反発する)ということが起こったりします。
著者は3つの引き金を提示していますがこれは、実際本当に大人は見落としがちになってしまっているのではないかと思いました。これを頭に入れておくことは大変重要なのではないかと思います。
1.子供達が最も嫌がるのは“正しいことを言われること”。
 …自分で解っていることを念押して突かれると反発と怒りの感情が一気に
  噴出してしまいがち。
2.“感情的な言葉をぶつけられること”。
 …大人同士だと相手の反撃を警戒するので妥協点を無意識に探しますが、
  子供だと全面服従を強いてしまいがち。
3.“人格の否定”。

それは、大人は「物の筋道や道理」を一番のポイントとして述べるが、子供は“自分の人格が尊重されたかどうか”…「言葉の使われ方」が、一番のポイントとして受け取る…ということではないでしょうか。…子供は自分のことを尊重していると思える意見なら受けつける…ということですね。
大人は玉虫色で時に焦点がぼやかして自分を保身するテクニックを用いて話をしていたりもします。それは他者に気をつかってのこともあるし、他者から無用な攻撃を受けないようにのこともありますが、子供にとってはこれが非常に解り難いんですね。 「世間の常識だから」とか「世の中はそうだ」などを子供は“親は自分の事より世間やよその目のほうが大事なんだ”という受け取り方をします。ですから子供に語るときはなるだけ自分の言葉で自分の意見を述べるのが良いと。またそうして自分の意見として語ることは、“言った自分の責任…を態度で教えている”ことでもあるかもしれませんね。

あるいは言葉で「がまんしろ」と言い続けてもがまんは教えられず、逆に「がまんしなさい」と言われ続けて育つと、かえってがまんできない子どもになってしまい、むしろ「よくがまんできたわね」と言われて育つと、がまんできる子供になる…と著者はいいます。「がまんしなさい」は実は、“あなたはまだがまんできていない”という意味。「よくがまんできたね」ならば“先程のががまんである”と伝わるというわけです。
思春期の子供にとって、言葉の掛け方は大人の想像以上にとても繊細な意味を秘めている…といえるかもしれませんね。というよりも大人達の方がこの繊細さをだんだんと忘れてしまってきたのかもしれませんね。(^_^;)

思春期は、肉体的にも精神的にもエネルギーがあふれるほどある時期です。
“認知スタイル(認識能力)”がぐっと広がって「過去」と「いま」と「未来」がはっきり分かれる時期です。(それ以前は基本的にその日暮らしで過去のことは2,3日もすればケロっと忘れてしまう) だから気持ちの切り替えが次第にケロッとはいかなくなってきます。
そして親離れの時期。この時期は友達関係など、自ら横の繋がりをつくっていく時期ですが、少子化や地域教育の機会が失われ気味で、これも不安定なものになっています。

そこで親の立ち位置に関する問題点に対しアドバイスが出されていまました。
一つは塾や学校やで子供に「辞めたい」といわれたときの問題…。
日本人は「最後までひとつのことをやりとげる」という美学を持っていて、大抵の親は自分でもしたことが無いのに子供にそれを押し付けてしまう傾向があります。「出来ればエキスパートになって欲しい」というのは単なる親の欲。本人に向いているのなら長続きするし長続きしなければ本人に合わなかったのだともっと気楽に考えてみてはどうかと。(^_^;) 何より例え短期間でも一生懸命になれたものがあった…ということが一番大切。

そしてもう一つ、子供を育てる動機が「かわいいから」というのはある意味非常に危険な意識だということの指摘。単純に「かわいいから」というのはペットを飼うのと同じ感覚です…と。「かわいいから」というだけで子育てをすることには限界があるんですね。子供にはかわいい時もかわいくない時もあります。母親だって子どもを嫌いになる瞬間があります。でもそんな時には、「もうこの子をかわいいとは思えない」と考えるのでなく、「たまたま、いまは、」というふうに考え、あまり悩まないで子育てをつづけて欲しいです…と。