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アドラー心理学
心理学の派の一つに、アドラー心理学というのがありまして、これはその創始者の著書一つ…の翻訳本です。アドラーについては以前人づてに知り、興味があったので少しばかり調べかじったことがあったので図書館でみかけて借りてみたというわけです。
アドラー心理学は、今困った状態を持っている人の、全部の状態から判断してその人が、どんな願望や目的を持っているためにその困った状態が浮かび上がってきているのかな?…という風にして内観していく心理学でです。特徴的なのは原因が何だったかについてはそっと置いてしまい掘り起こすことはあまりないという所です。というのも普通医者と言うのは患部の処置に対し原因となるものを見つけ治すのが一般的ですから。
そして、もう一つの特徴は、「共同体感覚」をその人がどれほど持ち合わせているか?…というところを非常に大切に診るところにあると思います。これは「一人は皆の為に皆は一人の為に」とでも言いましょうか。困った状態を持っている人は、大概自分を助けることに一生懸命になるので、皆のことをなおざりにしてしまうんですよね、そこが困った状態を生むと。
もしも、その人が集団にとって益をもたらすものであるならば、その人は「共同体感覚」を持ち合わせているということになります。しかし集団にとって不利益をもたらすものであるならば、その人は「共同体感覚」に欠けがあるということになります。それはつまり、「他者の助けになるために人は相互に生きあっている」というような、宗教観的なところでもあるかと思うのですけれど…。
さて。「子どもの教育」というタイトルがついていますが、そういうわけなので「教育」といっても「心の発達」方面に関して書かれています。しかし心の発達は学習面に非常に色濃く表れ出るものである…ということがしきりに書かれていました。例えば…
“「数学」は、人間に安定感を与える数少ない分野の一つで、数字を用いてまわりにある混沌を安定したものにする思考操作。自分が安全でないと強く感じる人は通常計算が苦手です”…とか、“書くことは紙に固定することであり、人に安全感を与えます。”…とか、
“体育とダンスは、身体の安全を達成したことの表現で、体を確実にコントロールすることによって得られる精神的な安全の表現でもあります。”…とか、
“子どもが劣等感を持っているかどうかをすぐに明らかにするのは水泳で、軽く泳げるようになる子供は他の困難をも克服できますが、なかなか泳げるようにならない子供は、自分自信も水泳の教師も信頼していません。”…とかいった具合で、「学習」という分野がその意味だけに留まらず、「心の発達」具合がそこには現れているというふうなんです。
苦笑してしまうのは、実にその通りで私は数学も体育も書くことも水泳もダメでした。(^_^;)
でも、大切なことは、「今見えている状態」である「現状」は、過去の心の発達具合を示すところではありますが、未来の心の具合は「幾らでも変えることが出来る」ということなんですよね。過去や原因に囚われていたら折角の未来が勿体無い。(^_^)
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