|
大人になりたくない。
熟成を拒否し、今現在の楽しみにのみ安住し、大人になる責任を拒否している子供達。何故か。責任や重圧ばかりが重くなる。将来に明るい展望を見出せない。それは何故か。取り組めることは何か。そういうことを中学高校生〜青年に至る大勢の患者さんと向き合う中で精神科医の立場から展望を探っていく…といった本でした。
精神を病んでしまう若者達の傾向として著者が感じるところは、はじめに「母子密着」による親離れの遅れ。そこから来る打たれ弱さとまた、学校の週休二日制等から子供達同士で互いを育み合う場の減少から「友達との遊びの不足」による共感と経験の不足。そのため十分に「個」を育む機会を得られず、熟成する機会を十分に持てない…といった一連の流れの中に問題の根本を見出しておられました。
また、社会の過剰反応という部分を厳しく指摘しているところに共感を覚えます。精神を病む、精神科に通院暦があるというただそれだけのことでもう思考停止をし、何も解らぬまま知ろうともせぬままきな臭さを覚え、新聞マスコミは匿名報道し、裁判所は刑事罰も起訴も行わないという機能フリーズを、未だに続けている。こういったことが起こす弊害の多くをもっと知って欲しい訴える著者の願い。
精神科に通っていた経歴があるというだけで腫れ物に触るような対応の真の二次的災害とはいったい何か…。「一般人」とか「健常者」とか呼ばれる者たちと何も変わらない同じ人間であることを忘れているとしか思えない対応。それがさらに人々に「精神を病むとは怖い病気である」という想いを強くさせ、いっそう早期受診を稀にさせていることに繋がっている。それが現在治療を受けに来る時期は平均して発症から五〜七年後ということになっている事態に繋がっていると。
私は、多分人々が社会に早期熟成を求められるため十分な母性(信頼、安心、共感)を与えられないまま社会に送られ学校生活に突入してしまうことが、著者の言う「いつまでも母子密着を引きずり親離れが遅れてしまう」部分ではなかろうかと思うわけですが、今や社会全体が、子供達全員がそういった芽を持ち生活していると言えると思うのです。
そして、人々はまさに今や「全員」が、「精神を病む」と隣り合わせの状態で生活しているにも関わらず、そこに物凄い大きな「恐怖の壁」を自分達で形成している…ということに気がついていない。加点制でなく減点制の中で生活しているという、その危うさに今非常に警鐘が鳴らされている。この点を強く感じていたので、本書の指摘にうなづける部分はとても多かったです。
|