いいづかさんちのエコロジカルワールド

東京の大阪化をくい止める案


以前から感じていることがあるんです。
それは、東京がどんどん大阪化しているのではないかということ。
これが、ある意味で地球環境悪化の一因になっているのではないかと
考えられるのです。

ここで、「大阪」「大阪人」「大阪化」は特定の個人を指すものではありません。
大阪人の皆さんの悪口を言っているのではありませんので、
念のため申し上げておきます。


事例1:「歩く歩道」
私の知る限りの大阪人は、動く歩道のことを「歩く歩道」といいます。
「歩く歩道」とは、いったい何でしょう。
ずいぶん昔、大阪を訪ねたとき、阪急梅田駅近くにある「歩く歩道」に遭遇しました。
それは、ものすごい光景でした。
何列も並行している動く歩道を、大阪人たちが恐ろしい勢いで歩き抜けているのでした。
何か特別の事情でもない限り、そこで立ち止まることは許されない雰囲気でした。
それまで、動く歩道は「歩かなくても歩道が動く」という装置だとばかり思っていましたが、
ここでは「できるだけ早い速度で歩く」ための装置となっていました。
しかしながら、動く歩道は手すりにつかまって立っているべきものなのです。
そういうふうに設計されているのです。
もし何かの都合で動く歩道が停止したら、
歩いている人は慣性に逆らえず前の人に衝突し、大きな事故になるでしょう。
ところが、最近は東京でも動く歩道の上を歩く人が多いのです。
桜木町からランドマークタワーへ向かうペデストリアンデッキに
幅員1600mmとちょっと広めの動く歩道があります。
かつて、ここでは大概の人は立ち止まっていました。
しかし、今では大概の人が歩いています。
新宿西口と都庁方面を結ぶ動く歩道でも、ほとんどの人は歩いています。
なぜでしょう。
これは、東京が大阪化しつつあることを意味しているのです。


事例2:エスカレータでも歩く
エスカレータでも似たようなことが起きています。
幅員1200mmのエスカレータの上では
2列になって手すりにつかまって立っているというのがふつうでした。以前は。
これは「階段を歩かなくても上階・下階に行ける」装置だからですが、
最近は1列になって左側(東京と福岡の場合。大阪では右側)に
片寄って立つことが必要です。
それは、現在では慣習上右側に立つことは非常に危険だからです。
エスカレータを「上下階により早く駆け上がる(または駆け下りる)」ための装置と
信じている人が増えているからです。
もしあなたが右側で立っていたとしたら、
後ろからエスカレータを歩いて(または走って)来た人に追いつかれ、
聞こえよがしに(田舎モノめ!)と舌打ちされるか、
またはふくらはぎあたりを蹴り上げられるでしょう。
大阪ではどちら側にしろ立ち止まっていること自体で顰蹙を買う場合もあります。
しかしながら、エスカレータは手すりにつかまって立っているべきものなのです。
そういうふうに設計されているのです。
もし何かの都合でエスカレータが停止したら、
歩いている人は慣性に逆らえず前の人に衝突し、
動く歩道の場合よりさらに大きな事故になるでしょう。
このような事情から、見かけ上エスカレータの搬送処理能力が半減しています。
なぜでしょう。
これは、東京が大阪化しつつあることを意味しているのです。


事例3:横断歩道での歩行者用信号のカウントダウン
横断歩道では、歩行者用信号が青信号になるまで横断はできません。
しかし、大阪駅から阪急梅田駅に向かう横断歩道では違法な横断が絶えなかったため、
あと何秒で青信号になるかを知らせるタイマーを設置しました。
それでも大阪人は「何秒前からスタートできるか」度胸を競っているように思えます。
止まっているのが耐えられないのでしょうか。
最近では東京でも同様の装置が設けられるようになりました。
秒読みほど露骨ではありません。横線がだんだん減ってくるタイプが多いようです。
しかし、東京でもフライングぎみににじり出てくる人たちがいることは事実です。
なぜでしょう。
これは、東京が大阪化しつつあることを意味しているのです。


事例4:前の前の駅に電車が着いたかどうか知りたい
日本の鉄道は世界的にも正確な運行で有名です。
ですから、次の電車は時刻表にある通りにやってきます。
予定の時間より早く来ることはないのだから、待っていればよいのです。
東京の地下鉄などでは、かつては「電車がきます」程度の、
来たとき気が付かないと危険だからくらいの注意喚起が行われていました。
その頃から、大阪では「前の前の駅に電車が着いたかどうか」
「前の前の駅を電車が出発したかどうか」が表示されていました。
これを最初に目撃したときは、いったい何のための表示なのか理解できませんでした。
それを知っても決まった時間までは電車は来ないのだから。
待っているという状態が不安なのでしょうか。
最近では東京でも同様の表示が行われるようになりました。
なぜでしょう。
これは、東京が大阪化しつつあることを意味しているのです。


私がいう「東京の大阪化」とは、経済観念が特化して発達し、
より早く、より効率的に、すべてを損得に置き換えて判断する、
そういう頭脳状態の人たちが顕在化して、
そういう人たちを中心とした街づくりが行われ始めることを意味しています。

「それのどこが悪い」とか
「それと地球環境改善と何の関係がある」とか
大阪人あるいは大阪化した東京人に指摘されそうです。

つまり、こういうことです。
大阪人の価値判断は非常に個人的であり、
自分が損することを嫌う傾向があります。
「損して得取れ」も含めて、皆自分のためです。
そのため、急げ急げ、他人より早く早く、となります。
一時も時間を無駄にすることが耐えられず、
ロスは少ないほどよいと考えます。
現在の日本の隆盛は、大阪人の思想が日本中に浸透したことによると言っても
過言ではないでしょう。

20世紀の世界の発展は、科学技術の爆発的発達に伴う
人間活動や経済活動のたまものです。
これは、いってみれば世界中が大阪化したことを意味しています。
「宵越しの金は持たない」という江戸気質は、
日進月歩、分進秒歩、生き馬の目を抜く今の世界では通用しません。
しかし、
地球環境の悪化は、経済最優先の個人主義的、国益優先的、
地球上で人間ばかりが得をするようにしてしまったことが
一因になっているように思えるのです。

21世紀は、自分たち人間が損をして
地球上に暮らしているたくさんの生物たちに儲けさせてやる
という時代になるべきではないでしょうか。

それが、こどもたちに渡すことのできる唯一の地球なのではないでしょうか。
そのためには、まず、
自分のために急がない、
待つことにイライラしない、
そんな自分でいたいと考えます。

大阪や、大阪人の悪口を言っているのではありません。
世界中の経済発展の根元に大阪的思想があるが、
世界中が一様に大阪的思想で満たされたことが
地球環境悪化の加速につながったのではと考えたのです。


どうです。
東京の大阪化をなんとかくい止め、
東京は東京らしく行きませんか。
地球を守るために、なんてカッコいいでしょ。





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